山口県宇部市の注文住宅なら地元工務店のトータルハウジング

私の家づくりのポリシー

2度の失敗を経験した当時、施主が一大決心をして人生最大の買い物である家を建てたのに、それを担う業界というのはこんなにもずさんな所なのかと思うにとどまっていました。

ちょうどその頃、自分に最も合った仕事は何なのかという事を真剣に考えていました。その年の10月に防府天満宮の近くを車で走っていた時、NHKのラジオ番組で『良心的な住宅施工業者に出会うために』という様な内容の放送がありました。 そのラジオ番組を車中で聞いた時『私は通常の人なら人生に1度体験する家づくりを既に2度体験し、その双方にいやな思いをした貴重な経験をしている。この経験で自分が味わったいやな思いを反転し、活かす事で完璧なまでに満足してもらえる家づくりが出来るはず、これこそがわが天職』と思い、その日のうちに決断しました。 帰宅するやいなや妻に新聞社を退職し、1から勉強した後。住宅会社を設立して家づくりをすると伝えました。当然妻は驚きましたが、反対する事もなく、翌年1月から家づくりの勉強のため工務店に入社しました。 お客様との連絡窓口を私の一本化にして全ての責任をもたせてもらう事を条件に、3年と3ヶ月ほど懸命に努め、1989年(平成元年)4月に有限会社トータルハウジングを設立し、その原点を今でも忘れず、お客様の気持ちを第一に考えた『感動しあえる家づくり』を目指しています。 施工中でもお客様に対し、常に私の『満足度アンテナ』を張り巡らし、『ピピッ』と感じた時には、私の方から『何か他にご要望はありませんか』と尋ね、変更等のご希望の所があれば早めに対応させていただいて、お施主様の満足度をさらに高められるように勤めています。

信頼と信用

DSC04200ある研修会で『お客様はあなたに家を建ててもらおうと決断される一番大きな理由は何だと思われますか』と質問されました。 決断される最も大きな理由は『安心と信用と信頼』なのです。 私も工務店勤務時代からお客様のために懸命になって働く姿を認められ、いつしか自然に信用、信頼されるようになってきました。友人・知人・血縁・地縁と全てのご縁があり、その方たちの紹介も含め、出会いがあった時は、既に『警戒心』という垣根がなく初対面から信用と信頼を得ていただいた方たちがほとんどであったと思います。 完成現場見学会で初めてのお会いするお客様や広告などを見られてご連絡をいただいたお客様は私の事など知るよしもなく、信用や信頼、安心感というものはないでしょうし、反対に警戒心の方が強いと思います。 そのような中で特筆すべき三人の方のご紹介をさせていただきたいと思います。

お一人目は、18年前のことです。弊社の新築現場見学会にご来場いただいたお客様です

随分と前の事ですので何の話をしたかよく覚えていませんが、恐らく私の家づくりのポリシーなどを熱く語った事と思います。一時間以上”笑談”した事は良く覚えています。 帰られる時アンケートをいただいたのですが、何処が良かったかという問いに対してのお答えをいただき、その他のカッコ内にただ『話』とだけ記入してありました。 その後一年以上の空白の期間があり、『県公社の売り建てを契約する事にしました』とのご連絡をいただきました。正直な所私は県の入札登録をしていないので登録店を経由し、下請けとしてでなければその仕事をする事ができませんでした。当然の事ながら一次店のマージンがお施主様の負担増になります。 お施主様に無駄な予算をかけていただく様になるので、お施主様に申し訳ないという気持ちから、どうしても一歩引いてしまうのでした。初め数社いた住宅メーカーが最終的に2社に絞られ最終決断をするという1991年のクリスマスイブの午後9時から弊社ともう1社の2社が同時にお施主様のお宅に呼ばれました。 仕事の中味では弊社の方が完全に勝っているという自身がありましたが、何分にも不要な予算がかかってしまうという気持ちが重くのしかかっていました。それをお施主様から見すかされ『坂田さん、うちの家を建てる気持ちはないのですか』と言われました。私は『そんな事はありません』と返答をしましたが、どうしても一次店のマージンの事が頭から離れる事はありませんでした。 午前零時近くになり、2社が揃ってお施主様宅を後にして、もう1社の営業マンに分かれ際『どうかお施主様のために良い家を建ててあげて下さい』とお願いをして帰宅しました。私が受註させていただく事は100%ないと思っていましたから自然に出た言葉だったのです。 ところが翌日、そのお客様から『坂田さんの所で建ててもらおうと思っています』との返事をいただきました。なぜ私を選んでいただいたのかを訪ねると、ただ一言『信頼かな』と言っていただいたのです。 奥様と夜通し話され、お二人とも2~300万円の差なら無理だけど100万円位の差だったら坂田さんに依頼しようと思っていたという事を伝えられ、ただ、ただ嬉しかった事を今でも新鮮に覚えています。

お二人目は、10年前のことです。住宅団地で上棟を済ませて10日程経った現場でのことです

弊社建築現場の道路向かいから弊社の建物をずっと見つめる若い女性の方に気付きました。私も荷物を降ろす用事があったものですから、自分の仕事を優先して行っていましたが、私が仕事を終えてもまだ見ておられましたので『よろしかったら家の中の方も見られますか』と声をお掛けし、少しほど中を見ていただきました。 『この建物は木造住宅ですか』という質問をいただいた位で、後はずっと歩道のところで約1時間立ち話をしていたのです。10年前の事ですので何をしゃべったかは良く覚えていませんが、私がなぜ家づくりの仕事をしているのか、家づくりを決意されたお施主様に対してどの様な心構えが必要なのか……という様な事の話をしました。別れ際に名刺をお渡ししてその場を離れました。 それから数日後、そのお客様から『お昼の時間で結構ですので10分ほど時間を下さい』とお電話をいただきました。私は10分では時間が余りにも短すぎる。何ひとつ説明する事が出来ないと思い、『夕方でも夜でも土・日でも構いませんのでもっと時間がいただける日に』とお答えしたのですが、再度『10分で結構です』と言われましたのでその日のお昼時間にお会いしました。 弊社の現場で待ち合わせをしました。ある一冊の本を持って来られ『この本を読んでみて下さい。読まれてもしこの家をあなたが建てても良いと思われたなら私の家を建てて下さい』と言われたのです。時間は数分、あっけにとられたまま過ぎ去った出来事でした。 お盆休みの数日前の事でしたので、読書が苦手の私でもお盆休みの間だったらなんとか読破できると思い『ご返事はお盆休み明けに』と返答させていただきました。本を読みますと、まさに『目からウロコ』で是非この家を建ててみようと思い、休み明けに『建ててみたいと思います』とご返事させていただきました。これがソーラーサーキットの家の第一棟目です。 カネカでの研修や代理店の事などもあり、着工は翌年の初夏、完成は12月になりました。翌年元日に届いた年賀ハガキに『ソーラーサーキットとの出会いよりもトータルハウジングさんとの出合いの方が私にとってラッキーでした』と書いていただき嬉しい年の初めを迎える事ができました。

最後は、同じ年の同じ団地での出来事です

元の中堅の住宅建設会社で家を建てておられたご夫婦です。 私は普段通りの仕事を普通にやっていたのですが、その姿に何かを感じていただいたのでしょう。『ここの会社は絶対に間違いないから薦められる』とその翌年にご自分が家を依頼された住宅会社でなく、弊社を奥様のご実家のリフォーム工事に推薦していただいたのです。 そのご実家の工事を始めとし、ご実家のお姉さん宅のリフォーム、奥様の妹さん宅の新築をご紹介いただきました。人はいつ、どこで、どのように見られているかは判らないものだと痛感させられた出来事でした。 誰の言葉かは知りませんが、私が20歳の頃に知った好きな言葉です。『人、見るもよし、見ざるもよし、我咲くなり』。花は人が見ていようが見ていまいが精いっぱい咲いているという意味で、人もそうあるべきだと私は思っています。 以上の三例は特例だと思っていますが、知人であれ、友人であれ、ご紹介であれ、ご近所での仕事ぶりが縁であれ、どんな時でも人と人のつながりを大切にしなければならないという事です。 『信用と信頼』これがなければ全ての事がうまく運ぶ事はないと思います。最も大切にしなければならない事です。