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私の家づくりの原点

私の家づくりの原点は、31歳までの人生に2度もあった自分の家づくりの失敗です。1度目は印刷会社に勤務していた28歳の時です。

印刷のお得意先の工務店の社長から『展示場価格でよいから家を建てないか』と言われ、親が建てた家がかなり古かった事もあり、家づくりを決意しました(その時はすでに両親は他界し、私一人住まいでした)。 着工後、工事半ばまでは順調に進みましたが、後半になって連絡もなしに現場を空ける事が多くなり、再三の申し入れにも『すみません』と返事をするだけで1週間、2週間、時には1ヶ月以上も連絡なしに放置されることが何度かありました。 『展示場価格』という意識もあったのか、出入りの業者という甘えがあったのかは判りませんが、玄関ドアやキッチンセット、ボイラー、洗面台などは、一度取り付けて外した跡がある中古品でした(事前に了解を求められた事は一度もありません)。 工事監理もデタラメで、製品を管理するという意識などなかった様です。ステンレスの浴槽(当時はタイル貼りの浴室が主流でした)は新品でしたが、段ボールの梱包のまま1週間以上も屋外にそのまま放置されていました。 そのあいだに雨が数回降り、初めに段ボールがヨレヨレになり、次第に内部が見えるようになりました。中を見ると浴槽に雨水が溜り、竹や木の葉が浮いている状態で、苦情を申し入れると翌日に室内に入れに来るというありさまでした。 『家を建てる』という一大決心をした施主の気持ちなど微塵も感じる事の出来ない、『家を造る資格などない人たち』だと強い憤りを覚えながら引き渡しを受けました。

2回目の失敗は、それから3年後に起こりました。古い家の隣接地に新築をしたものですから、住まなくなった古い家はさらに荒れ、庭木も伸び放題で見るにしのびない状態になってきていました。

庭木の整理をする気も時間もなく、ローンを借りてアパートでも建てたら草木の手入れをしなくても済む……という事が第一の目的でアパートを建築しようと思ったのです。地元の工務店はもうこりごりと大手ハウスメーカーの○○○ホームに建築を依頼しました。 『大手なら安心、施主の気持ちも充分に汲んでくれるはず』を期待していましたが、打ち合わせが進むにつれ、その期待は『お見事』というまでに裏切られました。 初めに営業担当、次に営業課長、次に工務担当と次々に担当者が変わって行くのですが、引き継ぎをまるでしていないのかと思う位こちらからの要望を担当者が変わるたびに何度も言わなければなりませんでした。 現場で実際に施工するのは下請けの会社で、職人は孫請け。職人さんに現場で尋ねると私からの要望はまるで伝わっておらず、現場で直接指示をしつつハウスメーカーの工務担当に苦情を申し入れる日々が続きました。 布基礎は無筋でしたが、問い合わせてみると無筋で大丈夫ですと太鼓判を押されました。白蟻駆除は施工せずに工事が進んでおり、問い合わせると『施工済みです』との返事。翌日、現場を見に来たのか未施工を確認し、私に詫びの連絡が入るという有様でした。 建方、サッシの取付、サイディング張りと工事は順調に進み、内部のフロア張り、壁には断熱材のグラスウール入れがほぼ完了した状態の中でも建物の左右両サイドに屋根が取り付けられていないという日が、約1週間は続いたと思います。 降水確率がずっと0%の状態であれば我慢もしますが、季節は丁度梅雨の真っただ中の事です。再三の申し入れにもかかわらず、そのままの状態でとうとう大雨が降り、家の中のフロアは全面水びたし、屋根のない建物両サイドの壁のグラスウールは雨水でグショグショでした。 さらに屋内で使用する木材はシートを掛ける事もなく雨ざらし、水がしたたり落ちる木材をそのままの状態で室内の下地材として使用したので屋内の水分含有率は相当なものだったと思います。(その年の冬からの結露には悩まされ、鉄板屋根の室内側にびっしょりと付いた結露の水滴が晴天の日には午前10時ごろからポタポタと落ちる日が続き、完全に止まるまで二冬を要しました)。 苦情を入れ続けても全く改善される事なく、アパートが完成、1985年9月の事です。